【カーキの秘密】SAIKO先生のメルマガより。
SAIKO先生のメルマガより
今日のテーマは、
「カーキ色の秘密」
カーキという色は、黄色の仲間です。
黄色に、黒やグレーを混ぜるとできます。
面白いことに、黄色に黒を混ぜると、緑っぽい色に見えて来ます。
黒は色相が無い色だから、本来混ぜても色相が変化しないはずですが
人間の知覚では、変化して感じられますので、
カーキ色は、緑の仲間だと思っていました。
という人が結構いらっしゃいます。
インドのヒンズー語でカーキとは「汚れた」という意味。
1848年に、イギリス軍がインドを攻撃した時、
真っ白だった軍服に、泥を塗って迷彩服にしたことからはじまります。
かつて、まだ銃を使った戦いが無かったころは、人対人の直接対決。
それぞれの国の色を軍服や旗にして、敵と味方が分かるようにしていました。
しかし、銃などの武器を使うようになってからは、
身を潜めるため、できるだけ目立たなくするようになりました。
また、西洋では、黄色はキリスト教誕生以来、嫌われていました。
キリストを裏切ったユダの服の色が黄色だったとされています。
紀元後70年ころ、ユダヤ人はローマ軍によって、
国を奪われ、それ以後、ユダヤ人は世界中に離散します。
キリスト教の中で、ユダヤ人は、キリストを死刑にした憎い相手。
そこで、ユダヤ人を自分たちの社会に受け入れることを拒否し、
ユダヤ人を過酷な労働や社会的にあまり好かれない職に就かせます。
そして、見た目ではユダヤ人であると分からないため
服装に、ユダヤ人だとすぐに分かるようなものを身に付けさせました。
フランスのルイ9世の時代には、ユダヤ人は黄色の服を着るように決められ
その後、ヨーロッパ各地で広まりました。
キリスト教でも、階級別の色がありましたが
使われていたのは、白、紫(赤)、緑、青、黒。
黄色がありませんでした。
そのことが、後の伝説で、ユダの服の色に黄色が用いられ
絵画などで、描かれるようになったのではないかと思われます。
(実際に、ユダが本当に黄色の服を着ていたかどうかは定かではありません)
そしてその後、第2次世界大戦の時、
ヒトラーは、ユダヤ人に黄色のダビデの星の腕章を付けさせます。
黄色人種に対する人種差別も、
こうした黄色に対する歴史も関係しているようです。
中国では、五行の真ん中にあり、
中国の国土を象徴する色。
ゆえに、皇帝の色。
高貴で、尊い色。
東洋では、黄色は最高の色とされ、
僧侶の衣装や寺院仏閣にも黄色は多用されています。
西洋と東洋では、全く異なった象徴のある黄色。
鮮やかで明るく目立つ黄色だからこそ、
少しでも黒や灰が混じり、色が濁ることで、
希望が一転して、不安、心配、恐怖を予感させる色でもあるわけです。
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